​​求道者は黙して嘘をつく​…

「真理は "今ここ" 無心にあり!」無心から世間を眺める一風変わった賢視点をARTな写真と共に洞察していきます。

「瞑想の効能…瞑想とは何か」

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瞑想とはなんでしょうか、その目的とは一体なんなのでしょうか。

 


私の考える瞑想の目的とは、

究極的には心を空にしてその自覚意識の視点から

目、耳、鼻、舌、皮膚、知 (思考)、感情 と言った七感を俯瞰することであります。

 


その時人生における自分の立ち位置は「行為者本人」ではなく

「行為者を観察する者」となり、

あたかもVRの世界を観察しているような視点を持つことになります。

 


普段の私達において起きながらにして心が空っぽになれる時があれば、

エゴは意識に晒されているがゆえにより良く成長することができるのです。

 

(エゴ= 精神。自我。生れ育った周囲の環境や

情報によって育まれた記憶からなる無意識的な

反応をする心の状態。元々備わっている性格。)

 

 

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瞑想において空になるための手法は様々で、

一点集中や、(呼吸や言葉や感覚などの対象物に注意を向ける)

 心の動き自体を観察する「内観」などによって沸き起こってきた思考を助長せずその働きを鎮めるのが一般的で、

瞑想中が一番外界からの刺激が少ないぶん心の動きに気づきやすいのです。

 

 

一点集中すればいいのならアーティストは創作に臨めばいいのでしょうが、

アーティストの意識は作品に向けられているのに対して、

瞑想者の場合は自分自身に向けられています。

 

 

アーティストの完成させるべき作品が外側にあるのに対し、

瞑想者が完成させるべき作品は自分自身なのであります。

 

 

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一点集中による瞑想は集中力を養うかっこうのトレーニングであります。

 


一点集中しつつも思考が起こった瞬間を捉えることにより、(自心を観察する)  

それ以上思考を助長しないようにして、次には思考が起こる以前のエネルギーの

うねりの瞬間を捉えられるようになり、

最終的には何も考えていない状態、空っぽの心をただただ認識している

自覚意識の状態になります。

 


「姿勢は楽でいい」ともいうし、

「結跏趺坐で背筋を伸ばして動くな」とも言い、

「目を開けておくように」と言うとこもあれば、

「目は閉じてなさい」とも言います。

 


「身体が痛くなったら動かしてもいい」とある宗派が言えば、

「痛みをよく観察して反応しないように」とまあ様々な方法があります。

 


肝心なのは集中力が継続されていることであり、

思考に振り回されずしっかりと刮目し、

一点集中及び空の状態を維持していられるのであれば、

姿勢や痛みなどは全く問題ではなくなります。

 


意識 = 気 = エネルギー = 真理 = 知恵 = 覚醒 = 美 = 愛 = 光 = 魂=神の一部

 


エゴが成長すると言ったのはこういった理由からであり、

人格の向上、人生の向上を目指すのならば、

瞑想状態に時間を費やしてみるのも一つの手ではないでしょうか…🙏

 


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