​​求道者は黙して嘘をつく​…

「真理は "今ここ" 無心にあり!」無心から世間を眺める一風変わった賢者の視点をARTな写真と共に洞察していきます。

「不安のスパイスは少しでいい」

 

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それはあなたが決めたこと

 

創造の三原則は思考➡︎言葉➡︎行動である。

 

 

ならば思考は口にさえ出さなければいいのか

というとそうでもなく、

蓄積されれば自ずと態度に現れ

行動化してしまうものでもある。

 

 

思考はエネルギーである。

ゆえにそれは目には見えないスケールで

既に物質化している。

 

 

物質ならば心身や周囲に影響を与えていない

筈はない。

 

 

 

 

不安とは厄介な性質である。

それが事前措置、予防策として働いている

うちはまだいいが、存在していない事情を

不安に考えてしまったのならば、

その可能性を生み出してしまったのも

事実である。

 

 

"病気になりたくない" と言った時点で、

「病気」という存在をそこに作り出しているの

ではないか。

 

 

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その不安が閃き、直感、として現れたのなら

対処しよう。

 

しかし、ネガティブな心身状態でなされた

思考の連想ゲームの結果として

そう思ったのならば、それはやはり

自分で不安な物質を生み出しているのだ。

 

 

アナタの産まれた境遇、時代や地域、

両親や心身といったものはアナタが決めた

ものではない。

 

それはアナタの魂が決めたことだ。

 

 

しかし、物心ついた頃からのアナタの人生は

全てアナタの選択によるものだ。

 

 

それは大人になってからの病気にしても

そうで、細胞レベルで起きたこともアナタの

責任と考えられる。

 

 

例えば、社員の不正を発見出来なかったのは

会社の管理不足ではないか。

 

 

従業員のミスは会社の指導不足、

不適材不適所であり、早々に対応して被害を

食い止める策を講じるのは会社の責任では

ないか。

 

 

二度と同じミスが起こらないようにするのは

管理職の役目であり、見守り、効率よく動かす

というのは頭脳である上司の役割ではないか。

 

 

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災害に遭う事だって同じで、一見不運に見える

災害の現場に居合わせることだって、

"そこに居る" という選択をしたのは

アナタ自身。

 

あと1秒早く家を出ていれば、

あと1秒遅く家を出ていれば回避することも

出来た筈なのに、

そのタイミングで家を出る決断をしたのは

アナタ自身。

 

 

普段から行われている思考➡︎言葉➡︎行動という

アナタの人生の創造プロセスに気づかないで、

知らず知らずのうちに、ほぼ無意識に

行われている思考習慣と共に、

この一瞬一瞬を通り過ぎてしまっているのは、

アナタが決めていることではないか。

 

 

 

気ぃ使ってくださいよ

 

それでは "一瞬一瞬に気がつく" とはどういう

事だろうか。

 

 

試しに世間を見渡してみてほしい。

要は "気ぃ使ってくださいよ" ということに

尽きると私は考える。

 

 

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"気を使う" とは意識するということであり、

 

それは注意する、注意される、サービス、

面倒を見る、改善する、手間を加える、

道を譲る、ルールを守る、教育、

順位をつけられる、給料が上がる、

与党と野党による質疑応答、愚痴、悪口、

味付け、風水、ハウツー本、教科書、

テストにおいて✖️をされた部分について

考える…etc

 

 

これら全ては 気遣い、意識に起因している。

 

 

意識 = 気 = エネルギー = 真理 = 知恵 = 覚醒 =

美 = 愛 = 光 = 神の一部。

 

 

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例えば料理の中に入れた調味料、素材は

大なり小なり必ずや味に影響を与えている。

塩を不安とするならば、

入れ過ぎた塩味は存在感を強く表す。

 

 

自分が求めて自分で作り、

自分が最も興味のある自分という創造物は

どんな素材で出来ているのか。

 

 

五感で享受される食事、音、映像、匂い、

触感。

それを基に展開される第六の感覚は

思考である。

 

 

思考は殆どが記憶に基づいている。

なぜなら知らない事を考えることはできない

からだ。

 

 

私達は子供の頃から全て模倣によって育まれて

きた。

 

 

子供は物心ついて言葉を覚えた頃から

思考という第六器官が発達してきて、

自由に考えられるようになる。

 

 

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なんにせよ初めは意識的に行って、

慣れてきた頃には無意識に行えるようになる。

 

 

しかし、こと思考習慣に関しては、

そこが大きな落とし穴となる。

思考習慣が無意識のうちに行われるように

なると、自分で作った料理の中にどんな材料を

入れたのかが本人でも分からなくなって

しまう。

 

 

そして出来上がったその料理は問題だらけの

不味いものとなってしまうのだ。

 

 

料理を不味くするような材料はそもそも

売られていない。

美味しく作るレシピはいくらでも

公開されている。

 

自分自身が一体どんな思考という材料を用いて

いるのかと知ることは、

より良い人生という創造への第一歩ではない

だろうか。

 

 

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夢があるなら想えばいい。

しかし、たとえ完成図がなかったとしても、

常に人生という料理は創造展開されていて、

常にこの瞬間に出来上がっている。

 

 

要は "どんな材料を使ってどう調理

しているのか"ということに尽きるのだ。

 

 

 

 

不安のスパイスは少しでいい。

それは人生における低いハードルに

つまづかないようにする為の次善策に

用いる味付けだ。

 

 

決して人生という料理 = 創造物を、

愚痴や批判や不満や自己憐憫などの

不安のスパイスで味付けするなかれ。

 

三流の料理に寄ってくる人々は必ずや

三流のお客さんであるのだから…🙏

 

 

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⬇︎求道作家のこだわりオーガニックど田舎生活⬇︎
https://sensan.gudosha.space/

 

 

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