​​求道者は黙して嘘をつく​…

「真理は "今ここ" 無心にあり!」無心から世間を眺める一風変わった賢者の視点をARTな写真と共に洞察していきます。

「叱り方は段階を追って…」

 

f:id:gudosha:20200512071635j:image

 

 

叱り方に正解はあるのだろうか

 

成長は正しき道をゆく生物ならば避けては

通れない道であり、それは愛や光や意識や

エネルギーによって促される。

 

 

それが人間や人間に近い動物の成長で

あるならば、否定 ➡︎ 受容 ➡︎ 改善という

プロセスもまた避けては通れない道である。

 

 

家庭、学校、職場、食事、医療、政治、社会、

環境、動物愛護、コミュニティ…どこに属して

いようと必ずや改善が求められる。

 

 

子供、素人、新人、新参者に対してなされる

教育とは、成長のために行われるのであり、

教える側の指導法は勿論のこと、

教わる側の集中力も、成長にとっては重要な

要素である。

 

 

 

因みにアナタは幼い頃にどの様な教育を

受けたのだろうか。

 

 

両親は、先生は、先輩は、監督は、

上司や社会はアナタにどの様に教えたのか。

 

 

アナタはなぜ子供に、後輩に、部下に、

社会に対してその様に教えるようになったの

だろうか。

 

 

ある人は優しく言い、ある人は放任主義、

ある人は厳しく叱り、ある人は手をあげる。

 

 

果たして教え方に正解はあるのだろうか…。

 

 

f:id:gudosha:20200623112009j:image

 

 

様々な教え方

 

多くの人は教育の仕方について勉強した

事もなく、自分がされた教育の仕方を

無意識のうちに真似ているか、

反面教師となって逆のやり方をするかと

いった具合である。

 

 

教育法について学んだ事のある人ならば、

ある程度は上手く教える事が出来るのかも

しれない。

 

 

 

人によっては "褒めて育てられる" ことが

良い場合もあるだろうし、

逆効果であったりもする。

 

 

笑顔も見せずに兎に角厳しくすることで

伸びる人もいれば潰れていく人もいる。

 

 

職人の世界では "仕事は自分で盗め"

言わんばかりであるが、

時給なんぼの稼ぎを目当てに来ている

掛け持ちのバイトは、下手したら給料泥棒に

なりかねないから放っておくわけにも

いかない。

 

能率、効率、品質、サービスを上げなければ

利益は減るのだ。

 

 

f:id:gudosha:20200512074619j:image

 

 

それならば人に合わせた教え方をすれば

良いのかもしれないが、

別に教育の専門家でもないのだし、

そんな事に構っている暇はない。

 

 

では一体どうすればいいというのか…。

 

 

叱り方の流儀

 

私は以前ハウスクリーニングの会社を

していた。

その頃は何人かの部下を育ててきたが、

"仕事は自分で盗め" という放任主義であった。

 

 

余程のことでない限り怒る事もなく、

自分が早く、上手くなる事ばかり考えていた。

 

 

結果部下は上手く育たなかった。

唯一気概のあった者は私のスキルを模倣して

早々に独立していった。

 

 

私は小さい子供を育てたことがなく、

知的障がい者の人と接する機会もあまり

なかったから、その様な人達や、

はなから教わる気のない人や、

特別にわがままな人に対する教育の仕方は

分からない、と前置きしておこう。

 

 

教える側と教わる側の関係性が

親と子であれ、上司と部下であれ、

先輩と後輩であれ、教師と生徒であれ、

本質的には対等な立場である。

 

 

これは崇高な意識レベルの考え方であるから、

理解に苦しむ人も多いかと思う。

なので、このことを目下の者から言うのは

お勧めはしない。

 

 

f:id:gudosha:20200512075152j:image

 

 

お互いの立場を重んじる教育においては

叱り方は段階を追って強くしていくのが

好ましいと考える。

 

 

1.まずはミスの事実を優しく伝える 。

 

2.また同じミスをしたら原因究明する 。

(体調や道具などの周辺環境の可能性を考慮) 

 

3.ミスの原因が予習復習不足、集中力不足で

あるならば嫌悪感を示す 。

 

4.更にミスをすれば強い嫌悪感を示し、

次回は罰則を与えると警告する 。

 

5.実際に罰則を与える 。ペナルティ。

 

6.解雇する、契約を破棄する。

 

 

あなたに首にする権限がないのなら、

仕事の時だけは厳しく接して普段は普通に

接する。

そうすることで、ただ嫌っているのではないと

伝わるのである。

 

 

子供の教育については家庭環境が大きく

関わっているし、良い環境の常識ある親元に

生まれた子であっても、前世の因縁や "憑物" が

ついていたりしている場合もあるから、

一概には言えないが、そうでもない限りこの

パターンである程度教育は上手くいく。

 

 

要は教わる側の相手を尊重することだ。

 

 

叱ったあとはひきずらない事が重要である。

自分の心の中にわだかまりがあると態度に

出てしまうので、そうならない為にもはっきり

と嫌悪感 (怒る) は示した方がいい。

 

 

怒られた方は注意力が怒る人に

向いてしまい、肝心なやるべき事に対する

注意力が削がれてしまう。

だからこそ最初から怒鳴る様な真似はしない方

がいい。

 

教育の環境以外での時間では寧ろ、

教育する側から気を遣って、何気ない世間話や

和やかな雰囲気作りに努めることが肝要で

ある。

 

 

目上の人が黙っていると目下の者は不機嫌

なのだと思ってしまい、注意力をそちらに

削がれてしまうのだ。

注意力もエネルギーであるから、

目下の者は疲れ、目上の者は充電されて

しまうのだ。

 

 

f:id:gudosha:20200512080314j:image

 

 

まずは自分を見直そう

 

暴力については難しい問題である。

 

しかし、何度言っても分からないのであれば、

否定の強さを強くするという点において、

やはり暴力が必要な時もあるかもしれない。

 

 

それにしてもやはり最初から暴力は使わない方

がいい。

 

 

 

暴力は物質的な破壊であるから、

究極的には死を意味する。

 

 

ゆえに否定の最高の強さは "殺す" ことである。

 

 

暴力は死に直結しているから、無闇矢鱈と使わ

ない方がいいのだ。

 

 

 

必ずしも死が悪い事のように思われがちだが、

終われば始まり、始まれば終わる、

という輪廻のプロセスに於いては "死" も決して

悪いとは言い切れない。

 

 

死を恐れるのは三次元の世界でゲームを演じる

私達の理念でありモチベーションでもある。

 

 

存在 = 愛というポジティブな状態から、

死 = 不在というネガティブな状態を嫌悪

するからこそ、

"より良さ" を本質的に求める"改善" という

気持ちが芽生えるのだ。

 

 

否定されるのは気分の良くないものである。

しかしだからこそ心地良さを求めて

改善出来るのだ。

 

 

折角教えているというのに、教えが悪い

と言われて素直に聞き入れてもらえないの

では本末転倒である。

 

 

だからこそまずは、段階を踏んだ叱り方を

身につけようではないか。

 

 

「人の振り見て我が振り直せ」まずは自分を

見直すことから始めよう…🙏

 


f:id:gudosha:20200512080709j:image

 

 

⬇︎求道作家のこだわりオーガニックど田舎生活…毎夜更新中⬇︎
https://sensan.gudosha.space/

 

 

#教育の仕方    #三次元世界

#憑物 #人の振り見て我が振り直せ

#成長プロセス  #動物愛護

#放任主義 #反面教師

#職人の世界  #予習復習

#知的障害者  #仕事は自分で盗め

#教え方が悪い #モチベーション