​​求道者は黙して嘘をつく​…

「真理は "今ここ" 無心にあり!」無心から世間を眺める一風変わった賢者の視点をARTな写真と共に洞察していきます。

「禅の逸話」…その2. 大燈国師

 

f:id:gudosha:20200526100150j:image

 

 

「禅問答」と聞いてアナタはどのような

イメージを持たれているだろうか。

 

 

以前の私の禅問答に対するイメージは、

「質問自体がちぐはぐで、答えるほうも

トンチンカンなことを言う」

こんな印象であった。

 

 

しかし、何事も自分なりの

極めて個人的な解釈、

見たいようにしか見えないこの世の中において

禅問答に対するやり取りの見方も

私なりに変わってきたのも事実である。

 

 

キネシオロジー運動による化学的見地から

書かれた、覚者 "デヴィッドRホーキンズ"

によるパワフルな著作「パワーかフォースか」

の中でも、

臨済宗の公案体系は悟りのレベルに数値化され

他の宗教の修行体系よりも群を抜いて

高い評価を受けている。

 

 

Amazon:パワーか、フォースか―人間のレベルを測る科学

 

 

それも、私が臨済禅に憧れて修行した

動機の一つであった。

 

 

とはいえ、現在の臨済宗の修行様式が

必ずしも高いレベルの内容であると

言うことではない。

あくまで「公案、禅問答」の質に関する

ものである。

 

 

f:id:gudosha:20200526101309j:image

 

 

名僧「大燈国師」

 

今日は鎌倉時代の臨済宗の名僧「大燈国師」

の面白いエピソードを紹介しよう。

 

 

その前にまず "国師" とは。

天皇から贈られる称号の一つであり、

その実力を確かに認められた尊称である。

 

 

「大燈国師」は本名を宗峰妙超と言い、

11歳の頃から既に天台宗を学び、

その後鎌倉にて禅を学ぶ。

 

 

26歳の頃には師である大応国師から

印可を受け(禅問答合格)、悟りを認められる。

 

そののち "悟後の修行" (悟り後の修行) として

一切の世俗的役割、喧騒から離れるべく、

京都の町中において乞食行に徹底すること

20年あまり。

つまりホームレスとなって

風に流されるまま無心を貫き、

自らを完全に捨て切っていたのである。

 

 

そんな折、時の天皇であった「花園天皇」は、

「尊敬するあの大応国師が印可したお弟子さん

三条河原でホームレスをしている」

という噂を聞きつけ、是非一度お会いして

その教えを受けたいものだと考えた。

 

 

 

f:id:gudosha:20200526101632j:image

 

 

大捜索

 

かくして花園天皇の使者は

三条河原へ何度も足を運び

「この乞食の中に偉いお坊さんが

いるはずんだが誰か知らんか」

と探して回るが、誰に聞いても

「そんな者はおらん」と言われる始末。

 

 

炊き出しをしてみたり、金品を与えるとの

看板を出したりするが、宗峰妙超は一向に

現れない。

途方にくれた花園天皇に

ある一人の僧が知恵を貸すことになった…。

 

 

当時の宗峰妙超禅師を知るその僧は、

「禅師は真桑瓜 (メロンのような瓜) が

大好物でしたから、それでおびき寄せるのが

よろしいでしょう。

ただし「真桑瓜を与えるから集まれ」

と言っても誰が誰だか分かりませんから、

こう言うのです…

 

 

「脚無くして取りに来たものにこれをやる」

 

 

これこそが禅問答である。

 

宗峰妙超ならばこの難問に進み出て、

確かな答えを出すだろうと、僧はそう言った。

 

 

f:id:gudosha:20200526104400j:image

 

 

宗峰妙超現る

 

かくして三条河原の橋の下に看板は掲げられ、

腹を空かしたホームレスは山のように

集まってきた。

 

 

最近はその偉い僧とかのお陰で

やたらと飯にありつけるわい、

と皆喜んで集まったのだが、

何やら立てかけられた看板には…

 

「脚を使わずにこれを取りにきた者に与える」

 

と書いてあるではないか…。

 

 

乞食の答えを確かめる為に知恵を貸した僧も

同席し、さて乞食衆は真桑瓜欲しさに

あの手この手と知恵を絞った。

 

 

脚が駄目なら長い棒…、

歩かずに這って近づいてくる者…、

四人で一人を担いで取りにくるなんて者も

いた…。

 

 

しかしどれも僧のおめがねに叶う答えを

出す者はおらず、本当にこの中に宗峰妙超は

いるのかと訝しくなってきた。

 

 

そうこうしている内に、一人の白髪まじりの

髭を生やした乞食が歩み出て、

堂々と歩いて僧の前にまで来たではないか…。

 

 

僧は進み出たこの乞食の、なんとも言えぬ

躊躇のなさに、ただならぬものを感じた。

 

 

「ほれどうした、歩いてきては瓜はやれんぞ」

 

 

それを聞いた乞食はギョロリと

僧を見つめて一言こう言った…

 

 

「それならお主は無手で渡せ」

 

 

僧はこの一言に衝撃を受け、

宗峰妙超禅師とお見受け致します、

花園天皇が一緒に真桑瓜を食べたいと

申しております。ご同行願えますでしょうか」

と丁寧にお願いした。

 

 

「ならばご馳走になるとするか」

 

 

かくして宗峰妙超禅師は花園天皇に面会し、

その器を認められて厚く擁護され、

大徳寺を建立し開山となって後に大燈国師の

称号を賜るのである。

 

 

私はこんな話を読むのが楽しくて

仕方なかった。

30代の頃の鮮烈な読書体験の

思い出話である…🙏

 

 

f:id:gudosha:20200526101715j:image

 

Amazon:禅仏教入門 (中公クラシックス)

 

 

 

⬇︎求道作家のこだわりオーガニックど田舎生活…毎夜更新中⬇︎
https://sensan.gudosha.space/

 

 

#大燈国師  #禅問答

#花園天皇 #宗峰妙超

#無手で渡せ  #真桑瓜

#ホームレス   #乞食行

#三条河原 #大応国師

#印可 #鎌倉時代

#臨済宗 #名僧