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「真理は "今ここ" 無心にあり!」無心から世間を眺める一風変わった賢視点をARTな写真と共に洞察していきます。

「禅の逸話」…その2. 大燈国師

 

 

 

 

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「禅問答」と聞いてどのようなイメージを持たれているでしょうか。

 

 

以前の私の禅問答に対するイメージは、「質問自体がちぐはぐで、答えるほうもトンチンカンなことを言う」こんな印象でありました。

 

 

キネシオロジーという筋反射運動を元にした化学的見地から書かれた、覚者 "デヴィッドRホーキンズ" 氏によるパワフルな著作「パワーかフォースか」の中で、臨済宗の公案体系、つまり禅問答は悟りのレベルに数値化され、他の宗教の修行体系よりも群を抜いて高い評価を受けていました。

 

 

西洋に禅を広めた鈴木大拙氏の著作や、パワーかフォースか」の影響などから、私が長年憧れ続けた臨済宗での禅問答修行は、わずか半年の出家体験でありましたが、しかし、実際に肌に触れてみて禅問答に対するやり取りの見方も私なりに変わってきたのも事実であります。

 

 

 

 

「パワーかフォースか」のYouTube解説リンク⬇︎

あなたの”スピリチュアルレベル”や、”悟り”の度合いを科学的に測れる! 今すぐ「意識レベル」200を超えないとヤバい! 『パワーかフォースか デヴィッドホーキンズ著』の本解説その①。 - YouTube

 

 

Amazon:パワーか、フォースか―人間のレベルを測る科学

 

 

 

臨済禅が悟りのレベルに数値化された、とはいえ、現在の臨済宗の修行様式が必ずしも高いレベルの内容であると言うことではなく、あくまで「公案、禅問答」の質に関するものであるかと思います。

 

 

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名僧「大燈国師」

 

今回は鎌倉時代の臨済宗の名僧「大燈国師」の面白いエピソードを紹介しましょう。

 

 

国師というといかにも凄そうな印象を受けますが、 "国師" とは、天皇から贈られる称号の一つであり、その実力を確かに認められた尊称の事であります。

 

 

「大燈国師」は本名を宗峰妙超と言い、11歳の頃から既に天台宗を学び、その後鎌倉にて禅を学びました。

 

 

26歳の頃には師である大応国師から印可を受け(禅問答合格)、悟りを認められました。

 

 

そののち "悟後の修行" (悟り後の修行) として一切の世俗的役割、喧騒から離れるべく、京都の町中において乞食行に徹底すること20年あまり。

つまりホームレスとなって風に流されるまま無心無思考無頓着を貫き、自らを完全に捨て切っていたのであります。

 

 

そんな折、時の天皇であった「花園天皇」は、「尊敬するあの大応国師が印可したお弟子さん三条河原でホームレスをしている」という噂を聞きつけ、是非一度お会いしてその教えを受けたいものだと考えました。

 

 

 

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大捜索

 

かくして花園天皇の使者は三条河原へ何度も足を運び「この乞食の中に偉いお坊さんがいるはずんだが誰か知らんか」と探して回りますが、誰に聞いても「そんな者はおらん」と言われる始末でありました。

 

 

炊き出しをしてみたり、金品を与えるとの看板を出したりしますが、乞食に紛れた宗峰妙超はしかし一向に名乗りでません。

 

 

そこで途方にくれた花園天皇にある一人の僧が知恵を貸すことになりました…。

 

 

当時の宗峰妙超禅師を知るその僧は、「禅師は真桑瓜 (メロンのような瓜) が大好物でしたから、それでおびき寄せるのがよろしいでしょう。ただし「真桑瓜を与えるから集まれ」と言っても誰が誰だか分かりませんから、こう言うのです…

 

 

「脚無くして取りに来たものにこれをやる」

 

 

つまり歩かずに取りに来いというわけです。

これこそが禅問答であります。

 

 

宗峰妙超ならばこの難問に進み出て、確かな答えを出すだろうと、僧はそう言ったのであります。

 

 

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宗峰妙超現る

 

かくして三条河原の橋の下に看板は掲げられ、腹を空かしたホームレスは山のように集まって来ました。

 

 

最近はその偉い僧とかのお陰でやたらと飯にありつけるわい、と皆一様に喜んで集まってきたのですが、何やら立てかけられた看板にはこう書かれております。

 

 

「脚を使わずにこれを取りに来た者に与える」

 

 

乞食の答えを確かめる為に、知恵を貸した僧も同席し、さて乞食衆は真桑瓜欲しさにあの手この手と知恵を絞りました。

 

 

脚が駄目なら長い棒…、

歩かずに這って近づいてくる者…、

四人で一人を担いで取りにくる者…、

なんて者もいました。

 

 

しかしどれも僧のおめがねに叶う答えを出す者はおらず、本当にこの中に宗峰妙超はいるのかと訝しくなってきました。

 

 

そうこうしている内に、一人の白髪まじりの髭を生やした乞食が堂々と歩いて僧の前にまで来たではありませんか…。

 

 

僧は進み出たこの乞食の、なんとも言えぬ躊躇のなさに、ただならぬものを感じました。

 

 

「ほれどうした、歩いて来ては瓜はやれんぞ」

 

 

それを聞いた乞食はギョロリと僧を見つめて一言こう言い返しました…

 

 

「それならお主は無手で渡せ」

 

つまり、手を使わずに渡せと言うのであります。

 

 

僧はこの一言に衝撃を受け、

 

宗峰妙超禅師とお見受け致します。花園天皇が一緒に真桑瓜を食べたいと申しております。ご同行願えますでしょうか」

 

と丁寧にお願いしました。

 

 

日の本の最高権力者である時の天皇から、地位も名誉も衣食住すらままならない汚い身なりの乞食に対してなんという贅沢な話でしょうか。

 

騒然とする乞食衆を尻目にしかし宗峰妙超は微塵も狼狽えることなく、「ならば馳走になるとするか」と威風堂々と請け負ったのであります。

 

 

かくして宗峰妙超禅師は花園天皇に面会し、その器を認められて厚く擁護され、大徳寺を建立し、開山となって後に大燈国師の称号を賜るのでありました。

 

 

臨済禅に憧れていた当時の私はこんな話を読むのが楽しくて仕方ありませんでした。

 

 

30を迎えたばかりの頃の鮮烈な読書体験の思い出話でありました…🙏

 

 

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