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「禅の逸話」…その2. 大燈国師


【ASMRささやき】[禅問答小説]禅の逸話 #2 大燈国師【短編】

 


【朗読】[禅問答小説]禅の逸話 #2 大燈国師【短編】

 

 

 

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「禅問答」と聞いてアナタはどのような

イメージを持たれているでしょうか。

 

 

以前の私の禅問答に対するイメージは、

「質問自体がちぐはぐで、答えるほうも

トンチンカンなことを言う」

こんな印象でありました。

 

 

しかし、何事も自分なりの

極めて個人的な解釈、

見たいようにしか見えないこの世の中において

禅問答に対するやり取りの見方も

私なりに変わってきたのも事実であります。

 

 

キネシオロジー運動による化学的見地から

書かれた、覚者 "デヴィッドRホーキンズ"

によるパワフルな著作「パワーかフォースか」

の中でも、

臨済宗の公案体系は悟りのレベルに数値化され

、他の宗教の修行体系よりも

群を抜いて高い評価を受けているのです。

 

 

「パワーかフォースか」のYouTube解説リンク⬇︎

https://youtu.be/PQrQ-AMc1Q0

 

 

Amazon:パワーか、フォースか―人間のレベルを測る科学

 

 

それも、私が臨済禅に憧れて修行した

動機の一つでありました。

 

 

とはいえ、現在の臨済宗の修行様式が

必ずしも高いレベルの内容であると

言うことではなく、

あくまで「公案、禅問答」の質に関する

ものであります。

 

 

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名僧「大燈国師」

 

今日は鎌倉時代の臨済宗の名僧「大燈国師」

の面白いエピソードを紹介しましょう。

 

 

その前にまず "国師" とは、

天皇から贈られる称号の一つであり、

その実力を確かに認められた尊称の事で

あります。

 

 

「大燈国師」は本名を宗峰妙超と言い、

11歳の頃から既に天台宗を学び、

その後鎌倉にて禅を学びました。

 

 

26歳の頃には師である大応国師から

印可を受け(禅問答合格)、悟りを認められ

ました。

 

 

そののち "悟後の修行" (悟り後の修行) として

一切の世俗的役割、喧騒から離れるべく、

京都の町中において乞食行に徹底すること

20年あまり。

つまりホームレスとなって

風に流されるまま無心無思考を貫き、

自らを完全に捨て切っていたのである。

 

 

そんな折、時の天皇であった「花園天皇」は、

「尊敬するあの大応国師が印可したお弟子さん

三条河原でホームレスをしている」

という噂を聞きつけ、是非一度お会いして

その教えを受けたいものだと考えました。

 

 

 

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大捜索

 

かくして花園天皇の使者は

三条河原へ何度も足を運び

「この乞食の中に偉いお坊さんが

いるはずんだが誰か知らんか」

と探して回るが、誰に聞いても

「そんな者はおらん」と言われる始末であり

ました。

 

 

炊き出しをしてみたり、金品を与えるとの

看板を出したりするが、乞食に紛れた宗峰妙超

はしかし一向に現れません。

 

 

途方にくれた花園天皇に

ある一人の僧が知恵を貸すことになりました…。

 

 

当時の宗峰妙超禅師を知るその僧は、

「禅師は真桑瓜 (メロンのような瓜) が

大好物でしたから、それでおびき寄せるのが

よろしいでしょう。

ただし「真桑瓜を与えるから集まれ」

と言っても誰が誰だか分かりませんから、

こう言うのです…

 

 

「脚無くして取りに来たものにこれをやる」

 

 

これこそが禅問答であります。

 

 

宗峰妙超ならばこの難問に進み出て、

確かな答えを出すだろうと、僧はそう言ったの

であります。

 

 

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宗峰妙超現る

 

かくして三条河原の橋の下に看板は掲げられ、

腹を空かしたホームレスは山のように

集まって来ました。

 

 

最近はその偉い僧とかのお陰で

やたらと飯にありつけるわい、

と皆喜んで集まったのだが、

何やら立てかけられた看板には…

 

「脚を使わずにこれを取りに来た者に与える」

 

と書いてあるではありませんか…。

 

 

乞食の答えを確かめる為に、知恵を貸した僧も

同席し、さて乞食衆は真桑瓜欲しさに

あの手この手と知恵を絞りました。

 

 

脚が駄目なら長い棒…、

歩かずに這って近づいてくる者…、

四人で一人を担いで取りにくる、

なんて者もいました…。

 

 

しかしどれも僧のおめがねに叶う答えを

出す者はおらず、本当にこの中に宗峰妙超は

いるのかと訝しくなってきました。

 

 

そうこうしている内に、一人の白髪まじりの

髭を生やした乞食が歩み出て、

堂々と歩いて僧の前にまで来たでは

ありませんか…。

 

 

僧は進み出たこの乞食の、なんとも言えぬ

躊躇のなさに、ただならぬものを感じました。

 

 

「ほれどうした、歩いて来ては瓜はやれんぞ」

 

 

それを聞いた乞食はギョロリと

僧を見つめて一言こう言いました…

 

 

「それならお主は無手で渡せ」

 

つまり、手を使わずに渡せと言うのである。

 

 

僧はこの一言に衝撃を受け、

 

宗峰妙超禅師とお見受け致します、

花園天皇が一緒に真桑瓜を食べたいと

申しております。ご同行願えますでしょうか」

 

と丁寧にお願いしました。

 

 

「ならばご馳走になるとするか」

 

 

かくして宗峰妙超禅師は花園天皇に面会し、

その器を認められて厚く擁護され、

大徳寺を建立し、開山となって後に大燈国師の

称号を賜るのであります。

 

 

臨済禅に憧れていた当時の私はこんな話を読む

のが楽しくて仕方がありませんでした。

 

30代の頃の鮮烈な読書体験の

思い出話でありました…🙏

 

 

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