​​求道者は黙して嘘をつく​…

「真理は "今ここ" 無心にあり!」無心から世間を眺める一風変わった賢者の視点をARTな写真と共に洞察していきます。

「一切を忘れて全てを手にする」

 

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思い込んでいた過去

 

私はかつて、なにか目標に向かっていなければ

​​満足出来なかった。

​​未来の為になにかを積み重ねておかねば、

と​​頑張ることが生き甲斐であった。
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​​時間があればスマホを手に

​​ネットサーフィンして、

​​それに飽きたら本を取り、

​​それにも飽きたら妄想し、

​​次から次に何かをする。
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​​成功者となるためには、誰よりも努力して

成果を​​上げるべきだと考えていた。
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​​電車を待つ時間などにはスマホで情報を

​​貪っていた。
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​​より多くの知識を得ることは

成功への​​キーワードだと考えていた。
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​​セミナーに通えば成長出来ると信じていた。
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​​考えれば考えるほど答えに近づくと思って

​​いたし、健康の為にはあれを食べ、

​​あれは食べてはいけないと思っていた。
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​​お金のある人生は豊かであり、

貧乏よりはマシ​​だと考え、

​​人生はいい時もあれば悪い時もあり、

​​その経験の中で学んでいくものだと

そう信じて​​いた。
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​​…巷に横溢する情報は、親は、大人は、TVは、

​​世間は、教師は、牧師は、僧侶は、隣人は、

​​"かくあるべし" と口を揃えてそう言った。
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​​成功を収め、不安から遠く離れ、常に満足し、

​​何も求めることがなく、

健康で快活でイキイキ​​とし、

食べたいように食べ、

欲しがる人には

​​惜しみなく与え、誰をも恨まず、

何をも嫌がる​​ことはなく、

流れに身を任せて抵抗せず、

​​良く見られようともせず、

決して自慢するような​​真似はしない、

神仏を崇拝するようなことはせず、

無頓着で無執着…。
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​​ 
​​…ごくごく稀にこういう人がいる。
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​​そんな生き方に憧れて "かくあるべし" と

​​かつての私は頑張ってきた。
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​​ ある時は車の運転中にひたすら「ありがとう」

と​​言い続け、

ある時は作り笑いを意識して

口角筋をクッと上げ、

毎晩二時間の二年間に渡る瞑想では

どんなに痛くても、足を崩さないよう

心がけていた。
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​​

​​そういった努力なくしては決して成長出来ない

と​​そう思っていた。

 

​​

​​しかし実は、かの極楽浄土へは

生きて起きてさえいれば

誰でも辿り着くことができるのだ。

寧ろ、既にその極楽浄土の真っ只中にいるのだ

とある時気がついた。
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覚者のヒント…私の成長

 

​​そう思えるように至ったのは
ある程度​​思考習慣を手放せてきたからである。

 

​​自覚意識を保ち、思考を手放すテクニックを

掴んだのも、28〜30歳までの間に読んだ​​

覚者の本がヒントとなったのである。
​​

​​

​​その中でもクリシュナムルティは、

「これまでに学んできた一切を忘れるべきで

ある。いま私が語っているようなことも全て

忘れるのだ」とそう語っていた。
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​​​​

​​当時はその言葉の意味が府に落ちなかったが、

​​ヴィパッサナー瞑想で学んだ実践である

​​「とにかく五感に注意を向けること」

 

​​そしてそれと同時に、

思考習慣を自覚意識で捉える​​実践を

朝起きた瞬間から行うようになり、

​​車の工場での単純作業や、

掃除の仕事でのあまり考えなくてすむ仕事中は

思考を手放す​​かっこうのトレーニングと

なった。
​​

​​

​​掃除の仕事は、無駄な動きをなくせばなくす程

​​現場をこなせて、回転数が上がり売上げに

​​繋がった。
​​

​​

​​私は現場に入ったら、余計な事は考えないよう

注意深くし、感覚に意識を向け、

「いかにすれば早く終わるか」をなるべく

念頭に置いてスピーディーに作業していた。
​​

​​

​​作業の順番などは特に決めずにいた。

​​なるべく無心でいることによって

閃きに敏感に​​なり、その直感を大切にして

選択するようにしてきたのだ。
​​

​​

​​自覚意識する実践が進んでくると

あれこれ考えるよりも、無心でいることの方が

作業にも集中しやすく

心身共に疲れにくくなった。
​​

​​

​​無心でいればいるほど

目の前の問題に気づけるようになり、

作業の手順や仕方、腰道具のカスタム、

車の整理整頓、現場に持ち込む道具の改善は

事あるごとに行うようになった。

 

​​問題を後回しにするような事はなくなり、

気づいたらなるべく早く改善するように

なったのだ。
​​

 

​​その結果、効率よく回転率よく仕事をこなせる

ようになり、クライアントからの信用も得て、

仕事が多く来るようになった。

 

​​必然的にアルバイトを雇うようになり、

需要過多の業態の恩恵にもあやかって

会社は右肩上がりで成長した。
​​

​​​​

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​​これまで無作為に行ってきた思考・妄想習慣は

​​物心ついた頃から当たり前に行われ、

それが正しい行為なのか否かと疑ったこと

すらなかった。
​​

 

​​しかし無作為にどうでもいい事を考えれば

考えるほど、頭の中で問題は雪だるま式に

大きく複雑になっていった。

迷路に迷い込んでしまったかの

ように出口を​​探してウロウロするが、

行けば行くほど迷路は​​大きくなるばかりで

答えは一向に見つからないのだ

と気づいたのである。
​​

​​

​​それからの私は

思考していることへの興味よりも、

"手や足といった五感の感覚への興味"

"ただただ無心でそれを享受することへの関心"

"何も考えない状態の​​心地良さへの興味"

といった事に自然に移行していったのだった。
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​​ 
無心でいることによって、

今訪れた考えが、思考の​​連想ゲームの結果

として現れた記憶に根差した​​ものなのか、

直感として現れた閃きなのかが

判断しやすく​​なったのである。
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​​ 
​​

真の在り方、その実践法

 

自らの内にあって自らを生かす

その真実の光を、

​​分厚い雲で覆って見えなくしているものは、

​​言語的思考習慣という過去の産物のせいで

ある。
​​

​​

​​前世の因縁や、死線を超えるような体験

によって、​​背中を押されるようにして

覚醒しないので​​あれば、

自力によって無心 (無思考) を手に入れ、

​​その扉を開くしかないのである。
​​ 
​​

​​その実践法とは、

一人きりで特に場所​​を設ける必要もなく、

時間を決めて行うような​​ことでもなく、

無料で、誰に見つかることもなく、

どんな知識も必要ないから学ぶことがなく、

​​成金だろうが、乞食だろうが、

政治家だろう​​が、子供だろうが、

障害者だろうが、​​病人だろうが、

外人だろうが、ニューハーフ​​だろうが関係なく

いつでもどこでも行える​​極めて個人的な

行為である。
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​​あなたさえやる気になれば、

今この瞬間からでも​​始められる

極めてシンプルな、

物心つく前の​​子供の頃に戻る体験である。
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​​それはつまり、

自らの本質が意識であるという​​事を知ること。
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​​しかし理屈でそのことを理解しようとしても

​​無理である。
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​​なぜならば、いくら光について

検証し討論した​​ところで、

実際の光を見たことがないのならば

​​決して本当の意味で光を理解する事は出来ず、

​​光を知るためにはまず光に触れるしかない

​​からだ。
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​​だからして、

意識を理解する為に必要と​​なるのは

まず意識すること。

 

​​自分を意識すること = 自覚すること、

​​心の状態を自覚すること = 気づいていること、

​​今気づいていると頭の中で認識していること。
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​​頭の中のお喋りに注視すること。

​​「うん、うん、うん…」と、頭の中を注視し、

​​気づき続け、思考の無い状態を認識する。
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​​頭の中で喋っていても「今思考している」と

​​気づいた瞬間に思考は止まる。

​​その止まっている瞬間は

自覚出来ている証拠​​である。
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​​ 
​​数秒後にはまた思考は始まる…

​​(自覚してない状態、無意識になる)

 

​​そして我を (意識すること)

忘れてまた喋り​​続ける。
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​​これまでの人生でそうしてきたのならば、

​​脳は様々な影響に従ってそのように反応する

​​ようプログラムされているのだから、

​​当然のように毎度同じメニューを

​​差し出してくる。
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​​次々に沸き起こる思考、頭の中での独り言、

​​それは殆どが過去からの引用である。

疑い、詮索、​​仕事のこと、昨日見たTVの内容、

明日の予定​​などなど…。
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​​無意識のうちにそれら思考習慣についていって

​​しまうが、「あっ!」と思考している事に

​​気づいた瞬間にそれは止まる。
​​ 
​​ 
​​また思考が始まる…また気づく…始まる…

気づく…
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​​そうして自覚意識出来ている時間を

1秒づつ​​増やしていくのである。
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​​ 
​​それこそが瞑想中に行うことである。
​​

​​ 
​​それを日常生活の中で行うのだ。
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​​そうすればやがて何をしている時も

気づいている状態になり、

まだ天国にいるとは言えないまでも、

あなたを取り巻く環境は​​良き方向へと

徐々に変化していく。
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​​ 
​​これは全き集中力と忍耐力の成果である。

​​そうなった人はどんな場面においても

透徹した​​判断が出来るようになり、

たとえ間違っても、​​それは良き方向への

シフトチェンジの機会​​であり、

無駄な事は言わず、気が利いて、

​​ベストなタイミングで選択するようになる。
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​​なぜそう言えるのか。
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​​意識 = 気 = エネルギー = 真理 = 知恵 = 覚醒 =
​​美 = 愛 = 光 = 神の一部
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​​ 
​​例え悟りの境地に至る事はできずとも、

​​自覚意識することの効能は

あなたの人生に​​計り知れない恩寵をもたらす。
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​​ 
​​人格的向上、魂の成長、冷静な人、

​​柔和な人柄、理想の上司、優しい人、

​​夢の実現、憧れの先輩、凄い人、

​​信頼のおける人物、あの人なんとなく好き、

​​あんな人になりたい。
​​

​​

​​誰もが言葉を覚える以前の子供の頃、

そうで​​あった唯一シンプルな在り方、

​​その事実にどうか気づけますように。
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​​人生を謳歌する為の最も重要なアクション​​とは

何もしない (自覚意識のみ) という​​

この逆説を、このユーモアを、どうか理解して

​​その真理を享受することが出来ますように…​🙏​
​​

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⬇︎求道作家のこだわりオーガニックど田舎生活…毎夜更新中⬇︎
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