琴線に触れるモノ…
亀戸商店街を真っ直ぐ西に進んで行くと、
随分低い所からオレンジ色の太陽が
こちらを眺めて何か物言いたげにしていた。
長い商店街の丁度真ん中辺りまで来ると
右に折れる細い路地がある。
キョロキョロと左右の景色を目に映しながら
道の真ん中を歩くのは、
大人になってからの癖である。
特に始めて歩く通りや旅先ではなおのこと、
歩く速度を落として周囲を見回す。
側から見れば随分と落ち着きのない人か、
何かを探しているかのように見えるかもしれ
ない。
探していると言えば確かに探しているが、
特に目当てのものがあるわけではない。
琴線に触れるものを探しているのだ。
物静かな路地の奥…
昼間に比べ随分とおとなしくなった太陽に
「また明日」
と呟いて路地を右手に曲がって行こうとすると
「明日はないよ…」
と聞こえた気がした。
人とすれ違う際には多少気を使うだろう
その細い路地をしばらく進んで行くと、
左手に古い木製の扉が現れる。
「亀戸テーラー」と書かれたまるで愛想のない
表札は扉ともはや一体化し、
アンティークショップにこの扉が置いてあれば
モノズキな人なら買っていくのではないかと
思うほどの重厚感に漂っていた。
シャッター通りという言葉とは無縁なほど
亀戸商店街は人通りが多かった。
その喧騒が嘘かと思う程に細い路地は
いつ来ても静かであった。
そう言えばこの道で人とすれ違ったことは
ない。
重い扉
夜になるとBARとおぼしき灯りが
チラホラ漂っているが、
照明と言うには控え目にすぎる。
外灯も付けられていないこの路地のことを
役場は忘れてしまっているのだろうか。
少なくとも商店街を歩く人々は
この路地の存在を忘れてしまっているようだ。
この路地に一歩足を踏み入れると
途端に自分の足音がよく聴こえるようになる。
それは商店街の喧騒のせいで
聴こえなかっただけなのか、路地が狭いから
反響しているのかは分からないが、
とにかく自分の足音がやたら響いて
聴こえてきて、それは遠くの方から
やって来る足音のようにも聴こえた。
扉の横には置き物かと思ってしまうほど
ピクリとも動かない黒猫がいつも猫背で
目を閉じて屈んでいて、
首の辺りをなでると右の耳だけを小刻みに
ピクンと動かした。
「お前はいつも耳しか動かさないんだな…」
と言うと猫は少しだけ目を開けて、
「お前が動かしたんじゃないか…」
と言ったような気がした…。
重厚感どころか本当に重い扉に手を掛け
一気に押す。
始めて扉を押した時は
鍵がかかってるんじゃないかと思ったほどだ。
特に気持ちを込めているわけではないが、
本当に思いっきり押さなければ
この扉は開かないのだ…✍️
…続く
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