​​求道者は黙して嘘をつく​…

「真理は "今ここ" 無心にあり!」無心から世間を眺める一風変わった賢視点をARTな写真と共に洞察していきます。

「禅の逸話」…その5. 水瓶を蹴倒す

 

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百丈慧海禅師

 

 

百丈慧海禅師の功績

 

時は中国唐の時代に生まれ、長い長い臨済宗の歴史のなかで

最ももてはやされる大人物と言えば、達磨大使から

数えて八祖にあたる "馬祖道一禅師" であります。

 

 

その馬祖道一禅師の弟子で法衣を継いだのが、

後になって禅宗寺院における新たな生活様式を

擁立した "九祖 百丈慧海禅師" であります。

 

 

当時の中国では出家者が急増し、

托鉢によって援助を求める者があまりにも多く

それは社会問題とまでなっていました。

 

 

インドから中国に伝来した仏教は、

インドの伝統的な小乗•大乗仏教の教えで、

修行者の労働を禁じていました。

 

 

そんな中、出家者急増によって僧侶の管理が

行き届かず、社会秩序への悪影響は深刻なものと

なっていたのです。

 

 

これにより唐代中期以降、朝廷による僧侶淘汰

命令が流布され、托鉢乞食•お布施に頼っていた

修行僧達は、貴族や一般庶民からの主なお布施

をあてに出来なくなり、やむを得ず労働を

しなければならなくなりました。

 

 

その動乱の最中にあって百丈慧海禅師は、

"労働こそは仏の計らいである" と宣言し、

出家者にとっては労働作務こそが最も重要な

修行であると位置づけました。

 

 

これによって禅宗寺院による集団規則、清規

(作務を中心とした生活の規則)をまとめ、

後にこれは 「百丈清規」と呼ばれるように

なり、そのスタイルは現在も続いているので

あります。

 

 

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"大禅者 馬祖道一" の法衣を継いだ百丈禅師で

ありますが、95歳で遷化するその最後の最期まで

作務を怠ることは決してありませんでした。

 

 

ある日百丈山の雲水達は百丈に向かって、

「老師、もうお年なのですから、

どうかご無理はなさらずに作務はお休み

下さい」と言いましたが、

当の百丈本人は一日も作務を休むことがありません。

 

 

そこで雲水達はいつも百丈和尚が畑作務に

使っている道具を丸ごと隠してしまいました。

途方に暮れた百丈和尚はその日は朝から一日中

作務をすることができませんでした。

 

 

雲水達はこれで和尚様も作務をせず、

少しは長生きできるとばかり案じていたところ、

食事を持っていっても百丈和尚は手を付けない

ではありませんか。

 

 

不思議に思った雲水は百丈和尚に、

「老師、なぜ食事をされないのですか?」

と聞くと、「一日不作、一日不食」と答えました。

 

 

未だに語り継がれる有名な喝、

つまり、"働かざる者食うべからず" であります。

 

 

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水瓶を蹴倒す

 

その百丈禅師の元にある日、司馬頭蛇という

地相学の権威が来て、

「道場にするに相応しい "為山" という名勝の地

がございますので、そこに禅寺院を建立すると

よろしい」と言いました。

 

 

すると百丈は「それなら儂が行こう」と

請負いますが、司馬頭蛇は

「いやいや、老師では駄目です。

あそこは1500人は集まる名勝の地で

ございます。

老師ではせいぜい1000人くらいしか集まり

ませんので、是非他の方を推挙なさって

下さい」とこれまた随分と素直にモノを申しました。

 

 

司馬頭蛇というこの男、"百丈大禅師" に対して

ぬけぬけと面白いことを言います。

 

 

しかし百丈和尚も大したもんで、可可大笑。

ならば誰が相応しいのか確かめようと

門下の雲水衆を広い本堂に一同に集め、

その前にドカリと腰を下ろし、

無造作にその辺から持ってきた水瓶を一つ

"ドン" と置きました。

 

 

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「皆の衆、為山の地に新たに道場を建立する

事はもう聞いておるだろう。

そこの住職となる者を決めねばならない。

 

さてそこで一つ、この水瓶について禅者らしく

語ろうではないか。

 

ただし、これを水瓶と呼んではならない。

 

それではこれをなんと呼ぶか。

 

誰か秀でた一句を言い得た者が為山道場に

行くがよい」

 

 

そう言い終わると、首座と言って雲水衆の中で第一座

である華林覚禅師が進み出てこう言いました…。

 

 

「水瓶ではないといって、棒切れと呼ぶことも

できますまい」

 

 

うーむ、これは中々面白い。

"名前などそもそもないではないか"、

とこう言いたいのでしょうか。

 

 

首座が見事な一句を吐いたものですから、

一同どうにもこれ以上言いうることが出来そう

にありません。

 

 

しかし、果たしてこの答えが "大百丈禅師" 

納得させ、その器を超える答えなのでしょうか…。

 

 

いやはや納得のいかぬ百丈和尚は、

かねてから目を付けていた食事係主任である

「典座」の役をしている霊祐禅師

「お主はどうか」と声をかけました。

 

 

後に為山霊祐禅師と呼ばれるこの男は、

百丈和尚に促されるとドカドカと水瓶の前に

進み出てきて、水瓶を蹴倒して出て行ってしまった

ではありませんか。

 

 

一同その様子を見てギョッと息を飲みましたが、

出ていく霊祐の躊躇のなさに百丈和尚は可可大笑。

「ハハハ!首座が典座にしてやられたわい」と言って

霊祐を為山道場の住職として送り出したので

あります。

 

 

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その真意とは…

 

さて、百丈慧海禅師は霊祐禅師のこの行為に

何を見てとったのでしょうか。

 

 

これを言葉を全否定する "禅問答らしい"

言えば簡単に過ぎるでありましょう。

 

 

賢明なるあなたならどう解釈されるでしょうか。

 

 

私も思わずハッとした賢者の見解を

次に提示することにしますが、

その前にしばし考えてみてください。

 

 

しかし、禅問答とは一刀両断、刹那の閃き、

言葉のロジックをこねくり回してどうにか

なるような代物ではないのですから、

是非とも即今水瓶の前に立ってみてください。

 

 

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さてさて、首座が「水瓶ではないといって、

棒切れと呼ぶこともできますまい」

と言って、本来「水瓶」という名前ではないはずの

この水瓶が受けている言葉の制約から水瓶を解放したのに対し、

 

 

霊祐禅師の蹴倒したモノとは実は、

「水瓶」という代物などではなく、

私達自我の持つ

「是か否、白か黒か、有か無か」

といった二元論的解釈だというのです。

 

 

水瓶をなんと呼ぶとか呼ばぬとか、

正解だとか否かとか、

為山に行くとか行かぬとか、

誰が適任なのだとか、

そんなことは全くなんの違いもありはしない、

 

「ご機嫌ようさようなら、

答えもなければ問いもない」

 

と霊祐禅師は黙してこう言ってのけたのであります…🙏

 

 

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