​​求道者は黙して嘘をつく​…

「真理は "今ここ" 無心にあり!」無心から世間を眺める一風変わった賢者の視点をARTな写真と共に洞察していきます。

「禅の逸話」…その6. 婆子焼庵

 

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この公案 (禅問答) の題目は

「婆子焼庵 :ばすしょうあん」と読む。

 

 

この逸話は、現代の臨済宗において公案

を修行に用いる派閥において、

「無門関」に並ぶ二大教科書として用いられて

いる「碧眼録」の中に出てくる公案である。

 

 

修行僧と老婆

 

その昔ある所に一人の老婆がおりました。

老婆は孫娘と二人で暮らしており、

仏教に対する信仰心が非常に強く、

毎日お祈りを欠かさぬような方でした。

 

 

老婆はある時一人の修行僧に出会いました。

宿もなく今日の飯にも困っていると言う

修行僧の身の上を案じて草庵 (小屋) を

建ててやり、僧が仏道修行に

専心出来るようにとそこに住まわせ、

毎日食事も運んでやりました。

 

 

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それから長い年月が経ちました。

老婆はこれまで面倒見てきた僧の修行の

進み具合はどんなものか、と気になりました。

 

 

そこで老婆は知恵を絞り、最近すっかり

年頃になった孫娘を使って、

ひとつこの修行僧の出来具合いを

試してみようと思いました。

 

 

老婆は孫娘にいつものように

食事を持って行かせましたが、

「背後から僧に抱きついて誘惑してみなさい」

と言ったのです。

 

 

そして僧がどのように応じたのかを教えなさい、

と言いました。

 

 

孫娘は夕方になると言われた通りに食事を

運び、いつものように丁寧にお辞儀をして

出ていこうとしましたが、スッと僧の背後に

まわり込み優しく僧に抱きつきました。

 

 

そして耳元で優しく、

「お坊さん、こんな時はどうなさいますか…」

と猫撫で声で語りかけました。

 

 

すると僧は喜ぶどころか表情も変えず、

「そんな事をされても私の心は、

真冬の中で大岩に立つ枯木のように

全く動じない…」と言いました。

 

 

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孫娘は戻ってその事を老婆に報告しました。

 

 

すると老婆はみるみる内に形相を真っ赤に変え

「儂はあんな糞坊主を二十年も

供養してきたんか!この畜生めがっ‼︎」

と言って怒り狂い、とうとう修行僧を

追い出してしまいました。

 

 

そして老婆はそれだけでは飽き足らず、

僧が住んでいた草庵まで焼き払ってしまった

のでした。

 

 

 

…公案はここまでです。

問題は、なぜ老婆がそこまで怒ったのか、

と言うことでしょう。

 

 

あなたなら孫娘に抱きつかれた時に

どう応じるのか。

 

それが問われているわけです。

 

 

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さて、賢明な皆さんならばどう答える

でしょうか。

 

 

しばらく考えてみて下さい…。

いや、素直に応じてみて下さい…。

 

 

様々な見解

 

この問答に対しては、

様々な議論が展開されています。

 

 

ある人は、

「孫娘に恥を欠かせたことがいけなかった。

断り方にも言いようがある、老婆はそれを

怒ったのだ」とか。

 

 

またある人は、

「老婆に何十年も世話になってるような輩が

悟っているわけはない。老婆にもきっとそれを

見抜かれていただろうから、潔く出ていけば

よかったのだ」と言いました。

 

 

またある人は、

「私ならば何も言わずに無語を決め込んでおく」

と言い、

 

 

そして白隠禅師がこの事を弟子に問うたところ、

「私なら抱きます」

と即答した雲水を即刻破門にした、

なんて逸話も残っているくらいですから、

淫らな性行為は避ける、

と言うのは大前提なようです。

 

 

かの有名な一休さんは、これについて詩を

作ってみせました。

 

 

要約しますと…

 

 

「老婆は泥棒に梯子を貸すように、

修行僧に若い女子まで与えようとした。

 

もしかしたら孫娘は僧に惚れていたのかも

しれない。

 

その老婆心を断れば乙女心が傷つくし、

仏道とは自分一人が救われればいいと言う

教えではない。

 

人々の心に寄り添い救済してやるのが

仏の教え。

 

たとえ枯れた柳の木であっても、

春の陽に当たれば新芽を生ずるではないか」

 

 

と言ったそうです。

 

 

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​​ 
​​私が感じる禅問答の面白いところは、

​​あなたが正解だと思っているその答え

そのものが、今のあなた自身の立ち位置、

心境を表している、ということです。
​​

 

さて賢明なる皆様方はどう思われた

でしょうか。

 

 

私の答えを言わせてもらえば、

まず大前提として、

禅は言葉以前の、言葉を超越した

感じる世界である。

という所に立ちます。

 

 

ならば抱きつかれた時、まずはその温もりを

感じたのではないでしょうか。

 

 

「あたたかい…」

 

 

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性欲があるとかないとか…

恥を欠かせてしまっただとか…

娘が惚れているとか否か…

仏の道がどうだとか…

 

​​ 
​​ 「いい理屈」「いい答え」「いい論理」
​​ …といった「思考」に、我々はいつも囚われて

いるのではないでしょうか。
​​ 
​​ 
​​「言葉を超越せよ」

​​と言う禅問答が伝えようとしているのは、

この「思考」という檻から自分自身を

解放することではないでしょうか…​🙏​

 

 

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