​​求道者は黙して嘘をつく​…

「真理は "今ここ" 無心にあり!」無心から世間を眺める一風変わった賢者の視点をARTな写真と共に洞察していきます。

池村仙山を変えた1つの習慣とは?

  • ​​愚かな幼少時代

 

 

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​​厳しかった母は小学校に上がったくらいの
​​頃に離婚して居なくなった。
​​

​​

​​他人に極端に厳しい父は、子供に対しては
​​その反面極端に甘く、放任主義で育った
​​末っ子の私はとにかく我がままで常識外れの
​​馬鹿な子供だった。
​​

​​

​​小学校のサッカーチームに入っていた
​​高学年の頃の私は、日曜日の試合の日と
​​なると殆どの子が弁当持参でくるのに、
​​1000円だけを握りしめてくる様な子だった。
​​

​​

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​​そんな時は今でも親友の、似た様な境遇の
​​友達と昼飯は牛丼屋に入って、
​​「あっ、俺生卵持ってきたけどいる?」と
​​堂々と言ってしまうような愚かさであった。
​​

 

​​幼い頃より人真似ばかりして、良かれ悪しかれ
​​気に入ったものはなんでも真似するような
​​性格で、自分のアイデンティティは
​​人の真似をすることであった。
​​

 

  • ​​気づきを得て

 

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​​30歳から本格的に瞑想を始め、
​​無心でいることのコツを掴んでから
​​というもの、起きている間中は
​​考えなければならない事以外は常に
​​無心たるべく注意力を保ってきた。
​​

​​

​​人真似ばかりしてきたのは悪癖かと
思っていた​​が "自覚意識を保って無心でいる"
​​という聖者の真似をすることによって
​​その実践から最大の恩恵を受けるように
​​なった。
​​

 

 

  • ​​夢のドロップアウト

 

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​​「最大のピンチこそ最大のチャンス」という
​​言葉の真意に触れるようになったのは瞑想を
始めた頃からであり、独立後順調に成長を
続けていた会社は4年目にして大ピンチを
迎えた。
​​

前年度の売上げの50%を占めていた
クライアントと仲違いして、こちらが
折れればそれで事は済んだのだが、

"あの会社は適当だから付き合いたくない" 

という私の我がままに近い理由から
契約を解除してしまったのだ。

 

 

その頃は従業員も7〜8名居て、次の
クライアントの目処はあったが、売上げが
急成長する見込みなどなかったから、
戦略的に考えれば "社長の愚策" でしか
なかった。
しかし新たに付き合い始めたクライアントは
諸々において質が高く、
トントン拍子で事が進み、
その後経営コンサルタントの勉強会にも
参加させて頂き、その後弊社も
コンサルタントを受けるまでになった。

 

 

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東京のオフィス

 

 

その甲斐あって苦手としていた数字の面や、
会社組織としての基本的な理念、
従業員育成のノウハウ、モチベーション管理
まで、幅広い事を学ぶ事が出来た。

 

 

体力にだけは自信があったからアルバイト
の頃から早朝から深夜までがむしゃらに
働いていた。
独立してからは早朝から深夜まで休憩も
せずに働いた。

 

 

その間もずっと無心にチャレンジする
自覚意識は保ち、そのモチベーションと
なっていたものは
「お金が貯まったら
 臨済宗のお寺に出家してやる!」
というものであった。

 

 

​​32歳から東京で始めたその仕事は
右肩上がりに成長を続けてきたが、
​​長年の無理が祟って過労のために40歳で
​​倒れてしまった。
​​

​​

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​​まだ仕事を続けることも出来たが、
​​妻と相談して「本当にやりたい事をやろう」
​​という結論に達し、思い切って一切合切を
​​捨てて新潟の山奥へとドロップアウトする
​​ことになる。
​​

​​

​​無心にチャレンジするようになった30歳の
頃​​からというもの、願望実現はことごとく
​​果たされ、倒れたことがきっかけで今では
​​求道作家という夢を叶えているのである。
​​

​​

​​「悟りを得る」という最大の願望は
​​まだ見ぬ夢の途中であるが、
​​ドロップアウト後に果たされたそれまでの
​​夢の一つであった禅系臨済宗での半年間に
​​渡る禅問答修行生活にて、自宅に帰って
​​きてからというものライフスタイルは
​​激変した。
​​

​​

  • ​​臨済宗での修行体験

 

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体調を崩してドロップアウトし、
新潟の山奥へとやってきてからは
みるみるうちに体調はよくなり、
引っ越してきてから数ヶ月後には
10年来の憧れであった臨済宗での
修行生活が始まり、その生活は
約半年間に及んだ。

 

 

我が人生最大の目標である "悟り意識"
を得る事は出来なかったが、
規則正しい生活と、日々の修行の中で
私は確かに成長し、それまでとは
欲望の質が変わってしまったようだ。

 

 

​​お寺から帰ってくると、食生活が
お寺へ行く以前とはがらりと変わり、
​​ビーガンに近いものとなり、
お酒も性欲もゴルフ欲も外出欲すら
なくなってしまった。
​​

​​

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​​商店すら季節毎にしか開かないような
​​辺境の地で、外に出る楽しみと言えば
​​毎日小一時間の散歩くらいである。
​​

​​

​​大自然は本当に気持ち良くて、いつでも
​​間違いなく癒してくれる。
​​

​​

欲望に我が身を任せてのさばられている
ようでは田舎暮らしは退屈に写るだろう。
無心でいることによって執着という古い
価値観を捨て、​​自然体で居られることが
​​本当に心地良く感じる。
​​

​​

"​​真の自由とは心の問題である" と思う。
そんな自由で闊達な心境に憧れる
求道者としての田舎暮らしでの
​​日々の気づきと洞察を、多くの人に
気づきを分かちあえるよう​​
日々求道作家として​​表現するのである。
​​


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